73年前、一人の勇気ある日本人がイランと共同作戦、世界をあっと言わせたー日章丸事件(2026年3月18日公開)
- chibamai
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現在、各国はイラン政府にお願いしてホルムズ海峡を通過させてもらう交渉をしています。
スコット・リッター情報では、インド、パキスタン、ロシア、中国はタンカーが通れています。インドは2月にBRICSを裏切ってイスラエルと自由貿易協定を結んでしまい、イランを怒らせました。しかしインドのモディ首相はイランに泣きつき謝り、海峡通過が許されています。
これについて当方は「海賊と呼ばれた男」のエピソードを想い出しました。イランと日本の秘密作戦です。コーパイに説明させます。
日章丸事件ー1953年
背景:イランの石油国有化とイギリスの制裁
1951年:イランのモサッデク首相が石油を国有化
それまで石油は イギリス系AIOC(現BP) が独占
イギリスは激しく反発し、
軍艦を派遣
イラン産原油の輸出を封鎖
「イランから石油を買う国・企業は許さない」と国際的圧力
これが アーバーダーン危機 と呼ばれる国際緊張に発展
日本側の事情:戦後の石油不足
日本は戦後、アメリカ・イギリスの影響下で石油調達が制限されていた
出光佐三は
「イギリスの制裁は国際法上正当性がない」
「イランも日本も困っている」 と判断し、独自にイランから原油を買う決断をする
日章丸(二代目)による極秘航海
出港
1953年3月23日:神戸港を極秘出港(目的地は伏せられた)
イラン到着
1953年4月10日:イラン・アバダン港に到着
イギリス海軍の監視をかいくぐり、原油を積載
世界中の新聞が大きく報じた歴史的事件となる
船員たちの証言
船は座礁しかけるなど危険も多かった
しかし乗組員は「国民のためになることをする」という精神で一致団結したと語られている
国際問題・裁判
イギリスは強く反発し、国際問題に発展
出光側は「消費者に安い石油を届けるため」と主張
結果として出光は大きな制裁を受けず、事件は日本国内で英雄的に扱われた
「日本だけが助けてくれた」
イギリスの経済封鎖で石油を売れず、国家財政が危機に陥っていたイランにとって、出光の行動はまさに救いでした。
イランの人々は 「世界が見捨てるなか、日本だけが助けにきてくれた」 と語ったとされ、現在でもこの話はイランで語り継がれています。
これは、当時のイランが国際的に孤立していた状況を考えると、非常に象徴的な言葉です。
ーーー
このエピソードを材料に、日本はイランにアプローチできないものでしょうか。イランのアラグチ外務大臣は日本大使だったこともあります。
イギリスや米は産油国イランを、歴史的に札束で顔をひっぱたいてきました。CIAやMI6が縦横無尽に暗躍し、イランの政治がもてあそばれてきたのは事実です。
それに対して、遠く離れた島国日本はイランに対して悪いことをしてませんし、中近東は一般的に日本に対して「原爆を落とされたのに頑張って復興した立派な国」という好意的イメージを持っています。中近東あちこちを旅した当方の印象です。
髙市首相は、日章丸と言わず自衛隊機でテヘランを電撃訪問、タラップから例の青いスーツでさっそうと降り立ち、海峡通過の約束を取り付けてトランプをぎゃふんと言わせる・・・
やっぱり無理でしょうかねぇ・・・



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